喪失と獲得の表裏
ゆうたとひなへ
いつだったか「私たちは名前もしらない誰かのおかげで当たり前だと思っている日常を送れている。」そんなメッセージを残したと思う。
ふぁぁはね、それをこれから先の人生における自身のビジョンに組み込もうと思う。
きっかけはとあるセミナーに申し込んで、その中の勉強会で講師の先生に送られた言葉だったんだけどね。
それまでふぁぁはこんな言葉で自身のビジョンを唱えていた。
「多きを持つ者が少なきしか持たぬ者に対し、当たり前に手を差し伸べる社会を実現する。」
どう?かっこいいでしょ。
これはね、ふぁぁがデンマークで培ってきた経験を素にして言語化したものだった。
これと付き合っていたのは12年間かな。
会う人会う人に向けて発信していたよ。
みんな「素敵な考え方ですね。」って共感してくれていた。
その度にふぁぁは安心していた。
日本に帰ってくる人生を選択したふぁぁの正当性が証明されているような気がしてたんだよ。
でもね。セミナーの先生から「お金がないとか、不足を補う目的は、本当の自分の目的じゃない。自身が本当に叶えたいワクワクする事を目的にしてください。」
って、言ってくれて、自分を振り返った。
「おれは、これをデンマークで生きる人生を選択していた時にビジョンとして掲げたか?」
答えは否だった。
あの国にあって、この国にないものを選択していたんだよ。
そもそも、多いとか少ないとか優劣があるのか?当たり前ってなんだ?社会って何を指しているんだ?
掲げたビジョンから「お前は、だれだ?」って突き放されて亀裂が入ってガラガラ崩れていった。
コアにしていた思想の『喪失』だった。
そこから一生懸命に本を読んで、必死に考えた。
とある本と出会えて新しいビジョンを掲げる事ができるようになったんだよね。
それはね
「全ての人が名前も知らない目の前の人に感謝を届けられる豊かな暮らしを創造する。」
ふぁぁの新しい恋人だ。
不思議なものでね。
これを手に入れるまで、何が起こっているか何も考えられなかったんだよ。
12年間付き合ってきた自身のビジョンとの別れがあった事に。
でも、新しいビジョンを言語化した時に、ボロボロ泣いた。
新たな『獲得』があったにも関わらずだ。
その感情を選択するとかしないとか、そんな俯瞰を挟むスキすら与えてくれなかった。
電車の中でも、歩きながらも、嗚咽しながら人目もはばからずボロボロ泣いた。
これを書いてる今も少しウルウルしてしまう。
この国に帰ってきた事を正当化する理由になっていたものを失って
12年間もなにやってたんだろう。。。
帰国を選択した後に死んだ友人もいて、その人達の墓参りさえろくにいってないのに。。。
別に世界はいつもと同じように回っているのに、ふぁぁの世界では全身を駆け巡るざわつきがあった。
新しい獲得があって、はじめて喪失を認識したんだね。
これまで、獲得の瞬間にこんな気持ちで感情が動かされることは一度としてなかった。
素晴らしい体験をさせてもらったとふぁぁは思う。
だから、この12年間付き合ってくれたビジョンに「ありがとう」って思うよ。
そして、これまでその言葉に共感を抱いてくれた人たちにも「ありがとう」って伝えたい。
きっとふぁぁがあの国を「もう卒業した国だから」と足を踏み入れようとしてこなかったのは、どこか、本当には卒業できたと思えてなかったからではなかろうかと思う。
不思議なもので、今、あらためて「デンマークへ行ってみよう。」って思うよ。
今度は、目指す世界としてではなく、ただ、友人に会いにいくように。
今は、あこがれや目標、ビジョンではなく、ひとしくあの国と付き合えるような気がするよ。
感染症でざわついている世界が落ち着いたら一緒に行こう。
人生は獲得と喪失の表裏に満ちている。
何かを得るという事は、ない状態を失う事だ。
そして、何かを失うという事は、得るチャンスを獲得する事。
その中で、君たちがたくさん感情を動かせると信じている。
それは、君たちが豊かな人生を送っている事の証明だ。
そんな出会いに満ちた素晴らしい人生を送るに決まっている君たちの父である事をふぁぁは誇りに思っているよ。
ふぁぁより